健康診断の数値が気になりはじめた、階段で息が上がるようになった、けれど何から手をつければいいか分からない。終日デスクに向かう働き方で、運動不足はじわじわ進みます。
検索すると「自宅でできる運動○選」やトレーニング器具の宣伝が並びますが、研究が最初の一歩に置いているのは、強い運動を足すことより手前にあります。
運動不足から抜け出す土台は、長く座りっぱなしの時間を崩し、少しでも動く量を増やすことです。
ここでは運動不足を「座りすぎ」の観点から捉え直し、国際的なガイドラインが示す目安、最小の負荷で活動を取り戻す入口、そして受診を考える目安までを、査読論文と公的データに沿って整理します。
運動不足は「座りすぎ」から捉え直す
運動不足を考えるとき、運動をしているかどうかと同じくらい重要なのが、どれだけ座り続けているかです。
Kuらは2018年に、1日の座位時間と全死因死亡の関係をメタ回帰で分析し、座っている時間が一定のラインを超えると死亡リスクの上昇と関連することを報告しました1。
座る時間が長いほど健康リスクが高まりやすいという関係で、知的労働の現場で運動不足が問題になりやすいことと整合します。
総量だけでなく座り方も効く
見落とされやすいのは、総量だけでなく「座り方」も関係している点です。
Diazらは2017年に、加速度計で座位を測った中高年の集団を追跡し、総座位時間が長いことに加えて、一度に長く座り続ける(座位が細切れでなく長いまとまりになる)パターンほど死亡リスクが高い方向の関連を報告しました2。
同じ8時間座るのでも、30分ごとに立ち上がって切れ目を入れる場合と、ほとんど立たずに座り続ける場合とでは、体への負荷が違いうるということです。
区切ることは介入実験でも確認された
この「区切る」ことの意味は、観察研究だけでなく介入実験でも検討されています。
Dunstanらは2012年に、長く座り続ける条件と、20分ごとに軽い歩行や立位を挟む条件を同じ人で比べる試験を行い、座位に切れ目を入れると食後の血糖とインスリンの上がり方が抑えられたと報告しました3。
長い座位が続くと骨格筋がほとんど使われず、糖や脂質の代謝、血流にとって不利になりやすいと考えられており、「座る時間を減らす」だけでなく「長い座位を短く区切る」ことそのものに意味が置かれています。
つまり運動不足の解消は、ジムに通う時間をつくることだと構えると腰が重くなりますが、出発点を「座りっぱなしをどう崩すか」に置くほうが現実的です。特別な器具を買う前に、まず長い座位に切れ目を入れることが土台になります。
いまの自分がどれだけ動けていないか
対策を始める前に、自分がどのくらい座り、どのくらい動けているかを大まかに把握しておくと、無理のない目標を立てやすくなります。厳密な測定は要りません。
平日に机に向かって座り続けている時間、一日のうち立ち上がって歩く回数、通勤や買い物で歩く距離を、いつもの一日を思い返して見積もるだけでも、自分の現在地が見えてきます。
日常に出るサイン
運動不足のサインは、日々の何気ない場面に出ます。
少し早足で歩いたり階段を上ったりしただけで息が切れる、以前より疲れやすく夕方に集中が続かない、肩や腰の張りが取れにくい、寝つきや目覚めが悪い。こうした変化は、運動が足りていない状態と関わっていることがあります。
もちろんこれらは病気そのものではなく、あくまで目安に過ぎません。それでも「まったく動いていない状態から抜け出す」動機を確かめる材料にはなります。
歩数計は増減を見る道具
スマートフォンや腕時計の歩数計があれば、いまの歩数や座っていた時間をおおよそ記録でき、増やす前後の変化を追いやすくなります。
数字は正確さを競うものではなく、増やす方向に向かっているかを見るための道具として使うのが現実的でしょう。
どれくらい動けばよいか、ゼロから増やす意味
動く量の目安として国際的な基準になっているのが、世界保健機関(WHO)の2020年の身体活動・座位行動ガイドラインです。
Bullらは2020年に、このガイドラインの内容を示し、成人には週150〜300分の中強度、または週75〜150分の高強度の身体活動を推奨する一方で、座っている時間を減らすこと、そして少しでも体を動かすことに意味があることを強調しています4。
日本でも厚生労働省が身体活動の目安を示しており、方向性はおおむね共通しています。
強度は体感で判断する
強度の感覚がつかみにくい場合は、体感を目安にすると分かりやすくなります。中強度とは、少し息は弾むけれど会話はできる程度の速歩き、高強度は会話が途切れがちになる程度、と考えると生活のなかで判断しやすいでしょう。
運動不足の段階では、いきなり中強度を目指さず、まずは楽に感じる低強度の動きを増やし、慣れとともに強度を上げていくのが無理のない順序です。
日本の目安は週23メッツ・時
日本の目安も具体的な数字で示されています。
厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」では、成人について、強度が3メッツ以上の身体活動を週23メッツ・時以上行うこと、歩行またはそれと同等以上の強度の身体活動を1日60分以上(1日約8,000歩以上に相当)行うこと、そして筋力トレーニングを週2〜3日行うことが推奨されています5。
メッツは安静時の何倍のエネルギーを使うかを表す単位で、座って過ごしている状態がおよそ1メッツ、普通の速さの歩行が3メッツ前後にあたります。
3メッツの歩行を毎日1時間続けると週21メッツ・時ほどになり、推奨の23メッツ・時はその少し上に位置する量だと見当がつきます。
歩数に置き換えた「1日約8,000歩」という表現があるのは、歩数計で日々確認しやすくするためで、厳密な測定を求めるものではありません。
同じガイドでは、座位行動、つまり座りっぱなしの時間が長くなりすぎないように注意することも、あわせて示されています5。
WHOの2020年のガイドラインが、運動量の推奨と並べて座位を減らすことと少しでも動くことを強調しているのと同じ方向です。日本の目安も「どれだけ運動したか」と「座り続けていないか」を別々の柱として扱っている、と読めます。
デスクワーク中心の働き方では、週の運動量をどう積み上げるかという話と、平日の長い座位をどこで崩すかという話は、まとめて片づくものではなく、それぞれに手当てが要るということです。
大切なのは、この基準値を「満たせなければ意味がない」しきい値と読まないことです。
Ekelundらは2019年に、加速度計で測った身体活動と座位時間、そして死亡リスクの関係を複数の研究で調和させてメタ分析し、身体活動が少ない層ほど、少し活動を増やしたときのリスク低下が大きい方向の用量反応を報告しました6。
まったく動かない状態から少し動くようになることの意味が、すでによく動いている人がさらに増やすことより大きく出やすい、という関係です。座って過ごしていた時間を軽い活動に置き換えること自体に価値がある、と読めます。
歩くことに絞った知見もあります。Liuらは2022年に、1日の歩数と全死因死亡リスクの関係を系統的にレビューしメタ分析した結果、歩数が多いほど死亡リスクが低い方向の用量反応の関連を報告しました7。
特別な運動でなくても、歩く量を増やすこと自体に健康面の意味があるということです。目標は「いきなり週150分」ではなく「ゼロから少しでも増やす」ことだと分かります。
最初から基準値を満たそうとして続かないより、達成できる量から積み上げるほうが、運動不足の解消には現実的です。
座位を区切り、低強度から積み上げる
抜け出す順番は、座位に切れ目を入れる、低強度から動く、続けられる量にする、という流れが扱いやすいものです。
身体活動が健康にもたらす効果は広く、Raoらは2021年、Belangerらは2022年に、運動と身体活動が心血管代謝の健康に与える効果を整理し、活動量を増やすことが代謝や循環器の指標に好ましく働きうることをレビューしています89。
「強い運動でなければ意味がない」という思い込みを外し、低強度から始めることを支える内容です。
動く量を増やすことには、座りすぎのリスクを和らげる側面もあります。Ekelundらは2019年に、約85万人分のデータをまとめて、座位時間が長いことと死亡リスクの関連が、身体活動の量が多い層では小さくなる方向にあることを報告しました10。
座り続ける時間そのものを減らすことと、動く量を底上げすることは、どちらか一方ではなく両輪で効いてくるということです。いま動けていない人ほど、まず日々の活動量を底上げする意味が大きいといえます。
低強度の活動を軽く見ないための概念に、非運動性熱産生(NEAT)があります。Levineは2002年に、立つ、歩く、家事をする、そわそわ体を動かすといった、運動として意識しない日常の動きが、一日のエネルギー消費に無視できない割合を占めることを整理しました11。
運動不足を「運動する時間がないから解決できない」問題ととらえるのではなく、日常の動作の総量を底上げする問題ととらえ直すと、打ち手が一気に増えます。
まとまった運動を足す前に、まず生活のなかの動きを増やすほうが、忙しい人には現実的です。
認知面についても示唆があります。Kimらは2022年に、規則的な低強度の運動が認知機能の低下や抑うつ様の状態を防ぐ方向に働きうることを報告しています。
ただしこれは動物モデルを用いた基礎研究であり、ヒトにそのまま当てはまるかは慎重に見る必要がある予備的な知見です12。
それでも、低強度の活動を続けることが体だけでなく頭にも関わりうるという方向性は、運動不足の解消に取り組む動機になります。
座って頭を使う時間が一日の大半を占める立場ほど、運動不足は避けにくいものです。
費用対効果が高いのは、まとまった運動時間を捻出することより、座りっぱなしを崩す仕組みを一日の動線に組み込むことのほうだと考えられます。
たとえば、長い会議や集中作業を一続きにせず、30分〜1時間ごとに立ち上がって少し歩く切れ目を入れる。近い移動は歩いて階段を選び、通話や短い打ち合わせは立って行う。
飲み物を取りに行く、書類を届けるといった用事を「まとめて済ませず、そのつど立つ」ようにする。こうした一つひとつは小さくても、積み重なると座位の切れ目とNEATの両方を増やします。
強い運動を足すより先に、座位を区切る回数を増やすことを優先するのが土台です。
続けるうえで支えになるのは、目標を小さく始めることと、変化を記録することです。「毎日30分歩く」より「一時間に一度は立つ」「一駅手前で降りる」のように、いまの生活に差し込める最小の行動から始めるほうが習慣になりやすいものです。
週単位では歩数や活動量をゆるく記録し、まったく動かない日を減らすことを当面の目標に置きます。慣れてきたら続けられる範囲で歩く距離や強度を少しずつ上げ、速歩きなどを混ぜてWHOの目安に近づけていくとよいでしょう。
数値の変化はすぐに大きく動くとは限らないので、日々の体調や動きやすさといった手ごたえも合わせて見ながら、長い目で続けていきます。
特定の不調がある場合は、デスクワークの腰痛対策やデスクワークの姿勢設計で扱う座位の工夫、朝の可動域ルーティンで扱う体をほぐす習慣とあわせて整えると、動き出しの負担が下がります。
運動不足の解消は姿勢・腰や肩の不調・日中のエネルギー・頭の働きといった課題と地続きで、いずれも「長く座る働き方のどこで体を動かすか」という共通の土台でつながっています。
ここまでの内容には限界もあります。座位時間や身体活動と健康リスクの関連は観察研究やメタ分析が中心で、運動不足が一方向に病気を引き起こすと断定できるわけではなく、関連の大きさにも研究による幅があります167。
年齢・体力・既往によって適切な強度や量は変わります4。WHOガイドラインの目安は集団に向けた推奨で、誰にでも同じ量が最適というわけではありません。
歩数と死亡リスクの用量反応も報告されている関係で、歩数だけで健康が決まるわけではなく、食事・睡眠・喫煙など他の要因も関わります7。
低強度運動と認知の関係を示した知見には動物モデルの基礎研究が含まれ、ヒトでの効果として確立しているわけではありません12。
心臓・血管・整形外科的な既往がある場合や、運動中に胸痛・強い息切れ・めまい・関節の鋭い痛みが出る場合は、量を増やす前に医療機関に相談することが前提になります。
参考文献
Footnotes
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Ku PW, Steptoe A, Liao Y, Hsueh MC, Chen LJ. A cut-off of daily sedentary time and all-cause mortality in adults: a meta-regression analysis involving more than 1 million participants. BMC Medicine, (2018). DOI: 10.1186/s12916-018-1062-2 ↩ ↩2
-
Diaz KM, Howard VJ, Hutto B, et al. Patterns of Sedentary Behavior and Mortality in U.S. Middle-Aged and Older Adults: A National Cohort Study. Annals of Internal Medicine, (2017). DOI: 10.7326/M17-0212 ↩
-
Dunstan DW, Kingwell BA, Larsen R, et al. Breaking Up Prolonged Sitting Reduces Postprandial Glucose and Insulin Responses. Diabetes Care, (2012). DOI: 10.2337/dc11-1931 ↩
-
Bull FC, Al-Ansari SS, Biddle S, et al. World Health Organization 2020 guidelines on physical activity and sedentary behaviour. British Journal of Sports Medicine, (2020). DOI: 10.1136/bjsports-2020-102955 ↩ ↩2
-
厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」(2024). 推奨事項一覧(e-ヘルスネット) / ガイド本文 (PDF) ↩ ↩2
-
Ekelund U, Tarp J, Steene-Johannessen J, et al. Dose-response associations between accelerometry measured physical activity and sedentary time and all cause mortality: systematic review and harmonised meta-analysis. BMJ, (2019). DOI: 10.1136/bmj.l4570 ↩ ↩2
-
Liu Y, Sun Z, Wang X, Chen T, Yang C. Dose-response association between the daily step count and all-cause mortality: A systematic review and meta-analysis. Journal of Sports Sciences, (2022). DOI: 10.1080/02640414.2022.2099186 ↩ ↩2 ↩3
-
Rao P, Belanger MJ, Robbins JM. Exercise, Physical Activity, and Cardiometabolic Health: Insights into the Prevention and Treatment of Cardiometabolic Diseases (part 1). Cardiology in Review, (2021). DOI: 10.1097/crd.0000000000000416 ↩
-
Belanger MJ, Rao P, Robbins JM. Exercise, Physical Activity, and Cardiometabolic Health (part 2). Cardiology in Review, (2022). DOI: 10.1097/crd.0000000000000417 ↩
-
Ekelund U, Steene-Johannessen J, Brown WJ, et al. Do the associations of sedentary behaviour with cardiovascular disease mortality and cancer mortality differ by physical activity level? A systematic review and harmonised meta-analysis of data from 850 060 participants. British Journal of Sports Medicine, (2019). DOI: 10.1136/bjsports-2017-098963 ↩
-
Levine JA. Non-exercise activity thermogenesis (NEAT). Best Practice & Research Clinical Endocrinology & Metabolism, (2002). DOI: 10.1053/beem.2002.0227 ↩
-
Kim J, Park J, Mikami T. Regular Low-Intensity Exercise Prevents Cognitive Decline and a Depressive-Like Behavior. Frontiers in Behavioral Neuroscience, (2022). DOI: 10.3389/fnbeh.2022.866405 ↩ ↩2